別離〜嘘つき村と正直村〜

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    こんにちは、tamaxです。

     

    今回はイラン映画『別離』について書きます。

    あらすじ ややこしいことになっていきます。

     

    テヘランに暮らすナデル(夫)とシミン(妻)は、11歳になる

    一人娘の進路のことで意見が食い違い、離婚調停中。

    イランでは珍しいワーキングウーマンで先進的な妻のシミンは

    女性の活躍の道が閉ざされているイランを離れて海外で暮らしたいという。

    夫もそのつもりであったが、夫のお父さんが認知症を発症。

    夫は残って介護したい、妻は海外行きたいとこういうわけです。

    とりあえず別居という状態になった夫婦。夫と娘、そして認知症の父が

    自宅に残ったが、介護をする人が必要なでナデルは貧しい子連れの

    主婦ラジエーをヘルパーとして雇う。

    主婦はなんだか鈍くさいし疲れてるし職場に4才の娘も連れてくるしで、

    粗相や徘徊もするようになった老人の介護はとても無理。

    ある日、ナデルが帰宅すると父親がベッドに縛り付けられ、当日払うはずの

    給料がなくなり、ラジエーの姿がなくなっていた。

    激怒したナデルはラジエーを責めたて、扉から強い力で追い出してしまう。

    その後、なぜか夫は殺人罪で逮捕される。

    なんとラジエーは妊娠しており、ナデルに突き飛ばされたことで流産して

    しまったのであった。

     

     

    シリアスなイランの社会問題をテーマにした映画かと思いきや、謎解きミステリーでした。

    例題はこうです。

    ・ナデルはラジエーが妊娠していると知って突き飛ばしたのか(知っていたなら殺人罪)

    ・ラジエーは本当に突き飛ばされたことで流産したのか

    ・ラジエーはお金は絶対に盗っていないと言い張る

    ・ラジエーはウソをつけない

     

    小学校くらいのときこういうなぞなぞありましたよね。正直村と嘘つき村とかいう。

    あれと同じです。観客はそれぞれの証言しかわからず、どれも矛盾しているので

    混乱しますが、キーポイントは「ラジエーはウソをつけない」です。

    ラジエーは失業中ですぐ暴れ出すダメ亭主に困らされているオドオドした奥さんなのですが

    たぶんイランではこの手の奥さんが主流なのでしょう。

    敬虔なイスラム教徒なのです。いちいち行動がコーランに違反していないか

    電話で確認しないと気が済みません。

    そのくせ仕事中に勝手に抜け出してどっか行っちゃったり、普通の社会ルールは

    堂々と無視したりするところが不思議なんですが。

    この女性、子供抱えてダメ亭主のために3Kの仕事したりで気の毒なんですけど

    なんか自分がないというかふにゃふにゃしていてイラっとすることはするんですよね。

     

    一方別居中の妻シミンの方は美人だし学校の先生かなんかやってるし、ヘジャブっていうんでしょうか

    髪の毛を隠す布もラジエーはしっかりぴっちりかぶってますが、シミンはふわっと

    かぶしてるだけでだいぶ近代的な女性というのがよくわかります。

    でも元はといえばこのシミンが離婚離婚と騒いで出てってしまったせいでこうなったわけです。

    顔もどことなく小島慶子に似ていて負けん気が強くてこわいです。

    イランの小島慶子なんでしょう。

     

    男たちは男たちで、がんばってるんだけどプライドが高くて融通効かないナデルと

    とにかく喉から足が出るほどお金がほしくてすぐ暴れるラジエーの旦那。

    こんな困った連中がみんな好き放題言うもんですから混乱を極めますし

    次から次へと新情報が発覚したりして先が読めません。

    誰かがウソをついているわけなんですが、誰しも常になんかしらの

    小さなウソをつきながら生きているわけですから、真相はもはや

    誰にもわかりません。

    ところがここで効いてくるのが先述の「ラジエーはウソをつけない」という

    条件なわけです。彼女はコーランにウソをつくことは信心上できませんから。

    この条件があったおかげで事態は一応の決着を迎えます。

     

    無宗教の日本だったら最後まで解決しなかったかもしれませんね。

    そういう意味では信仰心てすごいんだなぁと感心させられたのですが

    そのあとにラジエーが発した言葉であれれと思いました。

    「コーランに嘘をついてしまったら、娘に災いが起こる!」と。

    もうすでに十分災いが起きているとは思うんですが、結局彼女の信仰心も

    貧しさや不幸さゆえの原始的な恐怖からきているものだったのでした。

     

    ラジエーの「信仰心」から、この嘘つき村と正直村のなぞなぞは一応

    解けたのですが、実に後味の悪い投げかけを残して映画は終わります。

    とても観ていて疲れますが、本当に全体的に1ミリも妥協や甘えを

    許さない緊張感が漂っていて映画に対する意気込みが違いますね。

    先日、アッバス・キアロスタミが亡くなりましたが、今界でも

    ここまで本気で映画というものに取り組んでいる国はイランしか

    ないんじゃないかと思わせる、非常に骨太の作品でしたよ。

     

     

     

     

     


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      • 2018.01.24 Wednesday
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