の・ようなもの

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    こんにちは、tamaxです。

     

    今日は森田芳光監督初期の作品『の・ようなもの』に

    ついて書きます。

     

    電車がない。

     

    あらすじ

    落語家の卵、志ん魚(しんとと・伊藤克信)は同じ門下の

    先輩後輩たち(でんでん、尾藤イサオetc)と和気あいあいと

    モラトリアムに暮らす23歳。

    落語仲間たちのカンパで、童貞を捨てに入ったソープで

    エリザベス(秋吉久美子)という大当たりを引き当てる。

    ガツガツしておらず、つかみどころのない軽やかさ、

    人間的な愛嬌をもつ志ん魚を、なんと嬢が気に入り

    自分から連絡先を教えてくれたのをきっかけに、

    二人は恋人でも友達でもないつかず離れずの関係になる。

    落語の才能はないものの、女子高の落研や団地のテレビ局と

    仲良くなってドタバタしているうちに、ある女子高生に

    一目ぼれしそっちとも付き合うことになる。

    仲間とのぬるいけれど楽しい日々、人生の旨味を教えてくれる

    ソープ嬢とのおいしい関係。通りすがりの人に殴られても文句は言えない

    幸せ野郎の志ん魚だったが、交際を認めてもらうため

    女子高生の父親に見せた落語に辛辣な評価をされたことで

    彼の中で何かが変わっていくのだった。

     

    森田芳光監督の実験的なカルト作品と言われていますが

    冗長な部分やヘタクソな部分もすべて計算通りの

    「ねらった」作品のように感じました。

    前半の寒いまでのドタバタカオスは、その後のセンチメンタルな

    展開を効果的にするため。

    大林宜彦『さびしんぼう』と同じ手法です。

    全員芽が出ず、貧乏な落語家仲間は寄席のあと終電を逃すと

    朝までどこかで時間をつぶすか、歩くしかないのです。

    それでもみんなでふざけながら、この時間を永遠のように

    感じている彼らにとっては大したことはありません。

    前半やたらとガヤガヤいっぱい出てくる女子高生、

    団地妻たちの描写もそう。

    意味のないおしゃべりに興じ、くすぐりあって笑うだけの

    高校生、テレビを眺めて献立を考えるだけで日が暮れる

    団地妻たちの時間もまたダラダラと続くように見えます。

    「日々の終電がなくなっても困らない」人たちなのです。

     

     

    一人だけ大人びて、醒めたように振舞うソープ秋吉もまた

    身体で稼いだ金で贅沢をしたり美味しいものを食べて

    気ままに暮らしているけれど、このような生き方がいつまでも

    できるわけではないことに本人は気がついています。

    ソープ秋吉が志ん魚に惹かれたのも「宙ぶらりん」という点で

    二人は似た者同士だったからです。

    ところが無邪気な志ん魚は女子高生と二股をはじめます。

    けしからんことに秋吉公認で。

    しかしそうおいしい思いばかりはさせません。

    女子高生を送りに堀切の実家までのこのこやってきたところで

    その父親に落語を見せてみろと言われます。

    いいですよ!と一席披露したところ「いや、君、全然つまらないんだけど?」と

    心からの正直な感想を聞かされてしまいます。

    このお父さんが映画の切り替わりの合図。

    ふわふわした自分の世界の登場人物たちに囲まれてきた志ん魚にとって

    女子高生のお父さんがはじめての「現実」「常識」「社会」でした。

     

    ショックを受けて(あまりそうは見えないのですが)、電車がないので

    夜の街を歩いて帰るシーンがはじまります。

    ぶつぶつと流れる景色を実況しながら。志ん魚がはじめて自分自身と

    これからの人生に向き合うシーンです。

    このシーンは何がすばらしいって東京の、バブル前の東京の、貴重な

    建物や景色が、セットではなく本物がフィルムにおさめられているところです!

    私もここ10年くらいは東京の谷中、日暮里、向島、浅草、上野、千住

    といった落語に出てくる界隈に馴染んでいるので観ていてとても

    興奮しました。

    ※私は常々落語に出てくる街こそが真のTOKIOだと思っています。

     

    このただ景色を眺めながら夜通し歩いた時間を通過儀礼に、相変わらず

    すっとぼけてはいるけれど志ん魚の中で何かが変わったのでした。

    あと志ん魚のことが好きだけど、すぐホテルに誘われてもきっぱり

    断り、つまらない落語を「つまらない」とはっきり言った女子高生も

    またなかなかのいい女です。

    そしてそのことをテレパシーで察知したかのように、自ら去っていく

    ソープ嬢秋吉。

    劇中では性欲過多でしょうもない先輩を演じていた尾藤イサオの

    美声が流れるエンディングまで全部森田監督の想定内。

     

    私は森田芳光監督作品では断トツで『ハル』が好きなのですが

    これが今となっては懐かしいやら恥ずかしいやらのインターネット

    黎明期を実にしつこく記録に残した映画と言えます。

    『の・ようなもの』にも言えることなのですが、こういうのって

    後から観ると笑っちゃうよねーっていうのではなくて、

    後から観た時のことを予想して撮っていたんじゃないのかなって

    思ってしまうんですよね。

     

    の・ようなものも青春映画でありながら一つの時代の記録映画として

    非常に貴重です。

    特に終盤出てくる吾妻橋のアサヒビール本社ビル。

    昔はレトロなビアホールだったんですねぇ。

    あのウンコが出現したのは1989年だそうで、東京の街はウンコ前

    ウンコ後ではまったく違う様相を見せるなぁと感動しました。

     

     

     

     

     

     

     


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