野のなななのか

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    こんにちは、tamaxです。

     

    今日は大林信彦監督作品『野のなななのか』について書きます。

    大いなる老害

     

    あらすじ

    北海道芦別市で雑多な古道具屋を営む元医者の老人

    鈴木光男(品川徹)は、絵を描きながら亡くなっているのを

    孫のカンナに発見される。

    その知らせを受け、方々から親戚一同が集まってきた。

    光男の死を悼むというよりは、どこかみな身勝手で気も

    そぞろな親族たち。

    しかしその中に一人、清水信子(常盤貴子)という美しい

    女性が現れたことで光男の過去、とりわけ戦時中の出来事が

    紐とかれていく。

    一体清水信子とは光男のなんだったのか。

     

     

    『この空の花』を劇場で鑑賞し、新しいアトラクションかと

    思うような映画体験に感動し、姉妹版であるこちらも

    気になっていました。

    が、ヤバさでいうとこっちの方が上かもしれません。

    『この空の花』は変でありながらもエンターテイメントとして

    一つ完成していましたが、こちらはそうとも言えないのです。

    品川徹は最初から死んでいます。

    冒頭、集まってきた親族がそれぞれ他人のセリフに食い気味に

    自分の言いたいことばかりガヤガヤ言い合うやかましい

    シーンが長回しで続きます。

    びっくりするほど苦痛です。そして現実にはこんな奴らいるわけが

    ないのですが、あの、親戚が集まった時のどうにも座りの悪い

    落ち着かない感じが非常によく出ています。

     

    一応の「物語」は、ふわふわした現実味のない品川徹の

    孫なんだかひ孫なんだかわかんない二人の若い女の子によって

    進んでいきます。

    品川徹は医者時代に雇っていた看護士の女性、常盤貴子と

    なんかしらの因縁があったようなのです。

    それがなんなのか次第に明らかになっていくのかな〜と

    思いきや、死んだはずの品川徹がこちらに向かって

    「それでは説明しましょう」と自分語りをはじめてくれます。

    もったいぶっていたわりにはいきなり謎が解けます。

    とにかくこの映画全体通して、あらゆるセオリーといったものは

    完全無視なんです。

    よく映画でもなんでも「先が読めちゃってだめだった」と言われますが

    先が読めなさすぎるのもメンタル揺さぶられるなぁと思いました。

     

     

    大林監督が昨今特に力を入れている震災と再生や、人間の生死観が

    ふんだんに盛り込まれているのですが、他がおかしすぎてそっちが

    全然頭に入ってこない不思議。

    でも観終わった後になんかやっぱり感動した、印象に残った、そういう

    映画を撮るのが天才・大林宜彦なのです。

    とくに私事ですが、昨年画家でありデザイナーだった祖父が89歳で

    亡くなったこともあり、リンクするところが多かったです。

    たとえば光男は医者を引退したあと、自宅の医院でガラクタみたいな

    日用品を所狭しと並べた雑貨屋をはじめます。

    光男の死後、そういった物をどうしようかという話になったとき

    「でもこういう物たちが震災で失われた私たちのすべてなんだもの」

    というようなセリフがあります。

    私も祖父のアトリエに遺品整理で入ると、お酒や香水の小さい

    小瓶だとか、何かのおまけでもらったようなおもちゃや土産品を

    キレイに並べて飾ってありました。

    驚いたことに天井からさがっていたモビールは、よく売っている靴下を

    吊るすためのフックを糸でつないだものでした。

    ひとつひとつは、手に取ればあっという間にゴミになってしまう

    そんなガラクタこそが、人生そのものなんだよなぁと思わざるを得ません。

     

    そして光男と、生まれ変わっても深い絆で結ばれていた清水信子という

    女性。

    祖父の葬儀のときに、泣きはらした目でお焼香に時間をかけている

    40代くらいの綺麗な女性が来ていました。

    祖父が教えていた絵の生徒さんかもしれませんし、そうではないかも

    しれません。

    そんなようなことも光男と信子の関係を見ていて思いました。

     

    とにかくめまいがするほど変な映画なので、おすすめはあまりできませんが

    やっぱり私は大林監督、すきっ!

     

     

     

     

     


    メモリーキーパーの娘

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      こんにちは、tamaxです。

       

      今日は『メモリーキーパーの娘』について書きます。

       

      あらすじ

      医師のデヴィッドは産気づいた美人妻ノラから自分の病院で

      自らの手で男女の双子をとりあげる。

      ところがそのうちの女の子はダウン症児だったため、デヴィッドは

      ノラに死産だったとウソをつき、その場にいた看護婦のギルに

      女の子を施設に置いてくるよう指示をする。

      とまどいながら赤ん坊を施設に連れていくギルだったが、その

      施設の惨状に思わず連れて帰ってしまう。

      途方に暮れていたギルを、通りすがりのトラック運ちゃんが助けてくれる。

      その後、デヴィッド夫妻は女の子(フィービー)の葬式をあげ、

      健康な兄ポールと家族三人で暮らす。

      一方ギルはトラック運ちゃんと一緒になり、ダウン症のフィービーを

      育てることにした。

      そのことを知っているデヴィッドは罪悪感と後ろめたさから

      なぜかカメラの趣味に没頭し、家族に対してもどこかよそよそしくなってしまう。

      あんなにお姫様扱いしてくれたダンナが産後急に冷たくなり、

      二人目も作ってくれないことに絶望したノラは自棄のヤンパチになって山ほど不倫をする。

      母親の山ほど不倫を知った息子のポールもやさぐれて家を出ていく。

      やがて一家はバラバラになり、デヴィッドは秘密を抱えたままだったが

      ギルとトラック運転手に愛情たっぷりに育てられたフィービーは

      障害を抱えながらも賢く愛くるしい少女へと成長していた。

       

       

      あらすじだけ見るとデヴィッド人でなしすぎるだろって感じかも

      しれませんが、一応デヴィッドにも言い分がありまして

      実は自分にもダウン症の妹がおり、幼くして死んでしまっていたのです。

      そのことによる両親の悲しみ、ないがしろにされた自分の孤独が

      痛いほどわかるため苦渋の選択をしたのでした。

      ちやほやされて生きてきた妻のノラは、夫の変わりように失望し、

      働きに出たり浮気をしたりして寂しさを紛らわそうとします。

      ノラは別に悪くもなんともないんだけど、アマちゃんなので

      確かにこの人に障害児を育てられただろうかという気がします。

      対照的なのは真面目で地味な看護士のギルです。

      彼女はなかなかの年齢まで独身で恋人もいなかったのですが、

      デヴィッドとノラの娘を引き取ったことで人生が大きく転換します。

      ギルとトラック運転手は娘を可愛がり、つつましくも幸せな家庭を築きます。

       

      要は一見貧乏くじを引かされたようなギルの方が実は幸せで、

      デヴィッドの家庭の方はどんどん崩壊していくというありがちな筋書です。

      それだけだとつまんないなーと思ったんですが、もうひとひねりあったため

      物語に深みが生まれました。

      というのは、実はギルはデヴィッドのことが好きだったらしいんですね。

      なので子供を引き取っただけでなく、デヴィッドたちが執り行った葬式に

      真っ赤なコートを着て行ったり、デヴィッドに娘の写真と手紙を定期的に

      送りつけたりと歪んだ行動もとっていました。

      障害があるとはいえ、好きな男の子供を育てることでつながりを持ち続け

      ようとしたのかもしれません。

      そう考えると、ただただトラック運転手が天使!!

       

      実は映画を観るまで、記憶を留めておける特殊能力を持った女の子の

      話かと思っていましたが、まあ上記のようなお話で、映像も

      世界まる見えの再現ドラマをちょっと力入れたくらいの感じです。

      教訓としては、家族が急にカメラにのめりこみだしたら気をつけろって

      とこでしょうか。

       

       


      苦役列車

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        こんにちは、tamaxです。

         

         

        今日は芥川賞作家西村賢太原作の映画化『苦役列車』に

        ついて書きます。


        本だけは読んどけ。

         

        あらすじ

        父親は性犯罪者、中卒、資格もなければコミュ力もない

        性欲だけは人一倍の19歳・寛多は日雇い労働をしながら

        風呂なしアパートに住み、楽しみは風俗通いと酒と

        古本を読むことだけの底辺生活を送っていた。

        ある日、同じ現場でさわやかな専門学生・日下部と

        親しくなる。好青年でイケメンの日下部と、中の人は

        森山未來だけどもさっとして品がない寛多は対照的だったが

        一緒に帰ったり他愛もない話をしたり、時には飲みに行ったりと

        不思議と仲良くなっていった。

        読書と映画くらいしか趣味のない寛多だったが、古本屋で

        アルバイトする女子学生(マエアツ)にひそかに想いを

        寄せていた。さわやかな日下部の力を借りて、女の子と

        友達になることに成功。日下部と三人でしばし青春のような

        ひと時を過ごすのだが、寛多の片栗粉をまぶしても直らない

        からみにからまった性格と、世の中や他人に悪態をつきまくる

        癖が災いし、ささやかな幸せな日々を自らぶち壊してしまうのだった。

         

         

        『苦役列車』は読んだことはないんですが、西村賢太さんは

        気になる存在です。こちらは西村さんの原点ともいえる

        10代の日雇い労働の日々を描いたものです。

        私自身も学生の頃と社会人になってからも少し、工場などで

        日雇い労働をしていた時期があります。

        大抵、集められた人たちがバスなどにすし詰め状態で

        その日の現場に連れて行かれます。映画の冒頭でも

        そういったシーンがありましたが、その中には日下部みたいな普段は

        普通の学生だったりフリーターで、ちょっと時間ができたから

        社会勉強がてら日雇いに来てみたよって感じの人種もいれば

        ちょっと障害がありそうだったり、家や本人に

        なんかしらの事情があるんだろうなっていうガチ底辺の

        人が一緒くたになっていたものです。

        寛多はもうガチの方。そしてさらに上には上の、30代・40代・50代以上

        でも日雇いで食っていくしかないスーパーリアルの方々がいます。

         

        父親が性犯罪者で中卒というハンディを背負っている寛多の将来は

        スーパーリアルの方でしょう。

        しかし寛多は本人の性格とやってることは最低なのですが、

        酒と風俗しか楽しみのない将来の自分の姿であるスーパーリアル層も、

        また日下部みたいな無邪気なリア充もどちらも見下しているんですね。

        普通の常識的な性格の人ならば、自分のことを棚に上げて他人のことを

        とやかく批判したりバカにしたりはできないものですが、寛多には

        そういうリミッターはないのです。

        そんな寛多だからこそ見える人の真実の姿があり、それを暴くことが

        できるのも寛多みたいな人間なのです。

         

        たとえば、寛多は異性との付き合いは性欲解消としか思っていません。

        その言動は、当たり前に恋人や友人がいる日下部には呆れるものなのですが

        世の中恋だ愛だ絆だと言ってはいるけれども、その下にあるのは

        寛多が思っているものとそう大差はなかったりするのです。

        私は寛多が嫌われるのは、非常識でだらしなくて粗野でいじきたないからでは

        ないと思います。本当のことを言うからです。

        他人が目を瞑って見ないようにしていることを突き付けてくるからです。

         

        寛多がマエアツ演じる古本屋の女学生に対して恋心を抱くのですが

        野生生物である寛多の恋心は、=性欲です。でもそれは本当は当たり前なんです。

        人間だって動物なのですから。マエアツはこんな寛多でも友達としては

        仲良く本の交換なんかをしてくれる稀に見るいい子なのですが、

        激しい性欲(寛多にとっての恋心)を押し付けてくる寛多についにギブアップし、

        去っていってしまいます。

        雨の中無理やり襲おうとしてくる寛多に、最後のやさしさで

        「友達じゃいけない?」と聞くのですが、それに対し寛多は言い放ちます。

        「友達なんかいらない」と。

         

        そしてもう一人、借りた金は返さないは、飲めば下品にからんでくる寛多と

        仲良くしてくれていたこれまたどこまでもやさしい日下部という男。

        なんと自分の彼女を紹介し、その彼女に寛多にも誰か女の子を探して

        やってくれなどと言ってくれる天使みたいな男。

        ところが、その彼女と日下部と寛多が三人で飲んだときに、決定的な

        ことが起こります。

        寛多は日下部の下北大好き編マスコミ志望のサブカル女である日下部彼女と

        そいつと一緒になってうすーい話をしている日下部に対し、最高の毒を吐くのです。

        (このシーンはとにかく爽快でした。)

        このことがきっかけになって、日下部と寛多の関係は終わってしまいます。

        辛抱強く付き合ってくれていた日下部がついに寛多に失望したわけですが

        それよりも先に失望していたのは寛多の方だったと思います。

        所詮、やっぱり、日下部はただの普通の奴だったんです。

        なーんとなく、人生を渡り歩いているつもりなってるけど、死ぬまで

        自分の人生を生きたとは言えない、ただ世の中を漂うだけのつまらない男だったと。

        寛多はド底辺の人間ですが、本を読むことを忘れなかった。

        世の中の上澄みだけ見たような気になるのではなくて、どこもかしこも

        目を凝らして見ているのです。

         

        ただ日下部も彼なりに寛多のことを、どこか好きだったから一緒に

        いてくれたんでしょう。

        二人が後日職場ですれ違ったときに、寛多が「俺たち友達だったよな。

        ありがとう」と声をかけるシーンは泣けましたね。

        厳しい境遇で生きてきた寛多にとって、他人に気を使ったり

        嫌われないようにしたりということはできません。

        これからも彼は世の中に自分のことを棚に上げて世の中に毒づいて

        生きていきます。

        でも最終的に彼(西村賢太)は作家になります。

        思いつくこれまでの有名作家、詩人を挙げてみてください。

        みんな「自分のことを棚に上げられる人」ばっかりですよね。

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         


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