おおかみこどもの雨と雪

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    こんにちは、tamaxです。

     

    今日は細田守監督『おおかみこどもの雨と雪』に

    ついて書きます。

     

    あらすじ

     

    身寄りのない花は一橋大学にアルバイトをしながら

    通う苦学生。同じ講義に現れる謎の男が気になり

    声をかけると彼は部外者で素性もわからない男だった。

    花が教科書を貸したりするうちに急接近した二人は付き合うように。

    男は実はオオカミとのハーフで、人間の身体と

    オオカミの身体二つを持っていることを花に打ち明ける。

    それでも花の愛は変わらず、二人の子供「雪」と「雨」を

    儲け、アパートで貧しいながらも幸せに暮らしていた。

    ところがある日、オオカミ男が不慮の事故でオオカミの姿のまま

    死亡。幼い二人の子供(オオカミのクォーター)を抱えたまま

    花のボッチ育児がはじまった。

     

    細田守監督のことは私は全く理解できず、これまでの作品にも

    クエスチョンマークしか浮かびません。とくにこのおおかみこどもは

    一般的にも評価のあまりよくない作品ですが、なるべくいいところを

    見つけてみたいと思います。

    まず主人公の花ですが、一橋大学にアルバイトしながら通うって

    相当な頑張り屋さんですし頭もいいです。

    ですが、オオカミ男と知り合ってすぐに子供が出来たら大学を

    辞めて主婦になります。

    こういうタイプの女性は現実にいっぱいいますね。私が親だったら

    せっかくいい大学に入ったのに出来婚中退なんて恐ろしいですが

    幸い(?)花には両親や親戚などがいません。それどころか友達も

    いません。

    あとこの映画についてよく突っ込まれるのは、二人が結ばれるとき

    なぜ「あえてオオカミのまま」なのかというところです。

    これは作り手が花の清純なイメージを守るためですね。

    オオカミのままだったから避妊が出来なかった、という言い訳に

    するためです。

     

    徹頭徹尾、花のイメージを守ろうと必死な映画です。

    オオカミ男が死んだあと、花は二人の幼い子供を一人で育てていくんですが

    ただでさえ大変な状況に加え、この二人の子供はちょくちょくオオカミに

    変身し野性化してしまうオオカミこども。

    なので保育園に預けたり、行政に頼ることができず、ママ友も

    できず安アパートで孤独に子育てをします。

    オオカミ男は生前、運送会社などで働いていましたが、残された家族三人が

    いつまでも暮らせるほどの貯金があったんでしょうか。

    花は絶対に働きません。オオカミ化した子供たちがアパートを敷金内じゃ

    収まらないくらい破壊してもオロオロしながら見守るだけ。

    絶対に声を荒げたり、ヒスを起こしたりもしない、ニコニコしているだけなのです。

    当然アパートには居づらくなり、なんと花は山奥の村に引っ越し自給自足の

    生活をはじめます。

    最初はよそ者だからと相手にされませんでしたが、花の無自覚なジジ殺しの

    力が発動し、村の重鎮じいさんが助けてくれるようになり生活は軌道に乗ります。

    二人の子供たちもオオカミパワーをだいぶコントロールできるようになり

    幼稚園や小学校に通うようになります。

    ここでようやく働くかと思いきや、やっぱり働かない花。

    その後、あるきっかけでちょっとしたアルバイトをはじめますが全く家計の足しには

    ならない趣味みたいな仕事です。

     

    村の人たちから野菜やお米をもらいながら生活するんですが、親切の範疇を超えた

    「ほどこし」です。働けるのに働かず、ほどこしを受けながらでも、お母さんには

    ニコニコ笑って家にいてもらいたいのでしょうか、監督は。

    母親が社会に出ると何かが汚れるとでも思っているんでしょうか。

    花は学生の頃はあんなに朝から晩まで働いていたのに、結婚した途端に社会と断絶します。

    これは意図的としか思えない。

    これがある作り上げられた理想の女性を軸にしたホラーだと考えれば、非常に怖いです。

    花は最初っからおかしなことを言っていました。「私、いつでも笑っていたいから

    両親のお葬式でも笑っていたの」だそうです。

    実際どんなにつらい場面でもその後の花は感情を爆発させるということをしません。

    女性から感情や欲望を奪い、それを良しとする気持ち悪さ。

     

    子供たちもけして真っ当に育ったわけではなくて、最終的に長女の雪は早々に花の

    元を離れますし、心優しい男の子雨はオオカミに戻る道を選びます。

    完全に母親は捨てられているわけです。それでもニコニコ笑ってる。怖すぎです。

    美しい話みたいにまとまっていますが、本当にわけがわからなかったです。

    「オオカミ」というのを障害や人種、金銭問題などに置き換えるととてもリアルな

    現代ホラーになります。夢も能力もあった女性が、男によって社会から切り離され

    誰にも相談できない何かが子供たちにあったら、こういう破滅的な道を進んでしまう

    可能性も高いでしょう。

    花みたいな無邪気系毒親に育てられる子供たちは、雪みたいに離脱できたらまだ

    いいでしょうが、雨みたいにオオカミの道を選ぶ(広義的死)ことになって

    しまうかもしれません。

     

    結局やっぱり褒めてませんが、いいなと思ったところは人間の道を進んだのが

    小さい頃はオオカミであることを肯定的に捉えていた姉で、オオカミに戻ったのが

    「オオカミはいやだ」と言っていた繊細な弟の方だったということです。

    性格的に闘っていける姉の方が人間としてうまくやることができ、心が優しすぎる

    弟はそれができなかったということでしょうか。

     

    細田監督ごめんなさい。やっぱりわかりませんでした。

    あと私生活では奥さんを神格化しないでちゃんと育児してくださいね。

     


    セールスマン

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      こんにちは、tamaxです。

      是枝監督おめでとうございます。

      今日はこちらもカンヌ受賞作『セールスマン』に

      ついて書きます。

       

      あらすじ

      妻、何があったんや。

       

      高校の国語教師エマッドと、妻のラナは若い夫婦。

      二人は共通の趣味で演劇もやっており、アーサー・ミラーの

      『セールスマンの死』の舞台が始まるころ、住んでいた

      アパートが老朽化で突然取り壊され住む場所を失う。

      演劇仲間のおじさんに、「いい空き家あるよ」と紹介され

      行ってみると前に住んでいた女性と子供の荷物が置きっぱなし

      だったりしてちょっと気持ち悪いけど仕方ないので住むことに。

      するとある夜、一人で夫の帰りを待ちながらシャワーを浴びようと

      していたラナは、てっきり夫が帰ってきたと思いドアのカギを開けてしまった。

      実は夫ではない何者かが家に侵入し、ラナは頭に大怪我を負ってしまう。

      命は無事だったもののショックを受け憔悴するラナにどう接していいのか

      わからなくなったエマッドは、次第に犯人を突き止めることにのめり込んでいく。

       

      嫌なことしか起こらないアスガー・ファルハディ監督作品です。

      今回も嫌なことしか起こりません。

      夫婦はまだ子供がいませんがこれからって感じで、夫のエマッドは教え子たちからの

      信頼も厚い好青年。奥さんは美人です。二人が引っ越した空き家というのが

      前の住人の荷物が残ってるどころかもう完全に他人の家なんです。

      そんな生々しいところに住まなきゃいけないことがすでに嫌。

      さらにわりかしすぐに奥さんが入浴中に何者かに襲われてしまいます。

      夫は警察に届けようとしますが、性的被害に遭ったことを他人に絶対に知られたくない

      奥さんはかたくなに拒否。ですが心的ショックで日常生活もままならず、それが

      エマッドはだんだん負担になっていきます。

      ラナとうまくいかなくなったストレスで、人気者の先生だったのに生徒に当たるように

      なったり、劇団仲間にも暴言を吐くようになるエマッド。

      特に、自分を慕ってくれていたある生徒がちょっとしたイタズラをしたことで

      激高し、決定的にその生徒を傷つけることを言ってしまったりとか。

      だんだんとエマッドの身勝手さが顔を現しはじめます。

       

      ラナは事件のとき何があったのかはっきりとは語りません。

      お国柄ということもありますが、ラナが望むのは可哀そうな自分を慰めて

      癒してもらいたいだけなんですね。

      ところが夫の方は真相の解明、制裁の方に意識が行ってしまう。

      象徴的でハッとするシーンで、劇団の一人の女優が連れてきている5歳くらいの

      男の子を、少し元気になってきたラナが自宅に招いて3人で食事をします。

      子供の力もあって和気あいあいとした食事がはじまろうとしたとき、

      会話の流れでこの食材を買ったお金は、犯人が置いていったものだと

      エマッドが気づくのです。

      そこで男のプライドが発動したエマッドは「こんな食事は食うな!ピザとろう!」と

      なってしまいます。

      せっかく子供が来てくれてラナも嬉しそうで少し雰囲気がよくなりそうだったのにこれ。

       

      奥さんの夫への評価が下がっていくのと反比例して、エマッドはなかなかの探偵ぶりで

      犯人らしき人物を突き止めます。そして本人を呼び出し、家族にバラすという復讐を

      叶えようとします。この犯人がまた、「えぇ…おまえ??」という意外な人物で

      それが明らかになるくだりも面白かったです。

      この犯人が実は同情を禁じ得ない人物で、観てる方ももういいじゃんって気持ちになって

      くるのですがエマッドの気持ちは収まりません。

      最終的には本人(妻)がもういいって言い始めます。

      結局エマッドは家族にはバラさないことにするのですが、どうしても制裁を一発喰らわせて

      しまいます。そしてそのことがこの夫婦に、犯人とその家族にも一生消えない傷を残す

      ことになるのです。

       

      この映画を観て、まだ記憶に新しい山口元メンバーの一件を思い出して

      しまいましたね。

      被害者側のご家族が事件をなかったことにできなかったのは、自分の娘は

      傷ついているのに当人は以前と変わらずテレビに出ていたりするのが許せなかった

      からではないでしょうか。

      エマッドも、家族にはバラさないと決めたはいいものの、犯人が家族に愛されて

      また幸せな家庭生活に戻っていくことを見せつけられて納得がいかなかったのです。

      こちらとしてはほんとにそれが、文字通り一発が、余計だったよなぁと

      思わざるをえないのですが。でもやっぱりその一発が、彼の(男の)尊厳そのものだったのです。

      また妻の方なんですけど、私も若い頃鍵の閉め忘れによる居空きに2回入られたことが

      ありますが、そのときは犯人が憎いとかじゃなくて自分の間抜けを悔いましたね。

      ラナもただでさえ女性の貞操に厳しい国ですから、自己嫌悪の方が強かったんじゃないかと

      思います。

      山口元メンバーの件でも、被害者の女子高生にも非があるという意見がたくさんありましたけど

      だったら男性の皆さんは24時間365日、襲われることを想定して生きていますかね。

      女性だってやっぱり気が抜けちゃうときとか信頼している人にはちょっとゆるくなって

      しまうときがありますよ。

      この映画を観るとこうした事件があったとき、仮に犯人に報復できたとしても被害者は

      やっぱり二度傷つく。これからも傷つき続けるということです。

      イランと日本は女性の立場という意味では似ている国なので、日本でもイランでも

      先人たちは一番賢い方法として「泣き寝入り」を選んできたんじゃないかと思いました。

      戸締りはしっかりしましょう。

       

       

       

       


      永い言い訳

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        こんにちは。tamaxです。

         

        今日は西川美和監督『永い言い訳』について書きます。

        100%…KUZUかもね!

         

        あらすじ

        人気イケメン作家である幸夫(もっくん)は、長年連れ添った妻(深津絵里)と

        二人暮らし。だが二人の間にはもう冷たい空気が流れるばかり。

        ある日、妻が親友と二人で旅行に出かけた隙に、浮気相手の黒木華を

        自宅に引き入れて不倫リンリン。

        その最中に交通事故に遭い、妻と親友の女性二人が亡くなってしまう。

        黒木華と朝イチャしているところに知らせを受け、そこから手続きやら

        葬儀やらマスコミ対応やらバタバタする幸夫。その間も涙が出るどころか

        哀しみすら感じない、完全に妻への愛を失っていた。

        黒木華もビビっちゃって逃げちゃうし、妻への後ろめたさ、そしてここ何年も

        悩みの根源であった「いい作品が書けなくなった」というジレンマで

        堕落していく。そんな中、事故の被害者説明会で妻の親友の夫である男(竹原ピストル)

        と出会う。幸夫とは対照的にめちゃくちゃ哀しみがるピストルと残された

        子供たちと交流を深めていくことになる。

         

        映画の冷めきってる夫婦にありがちなんですけど、今回もお前深津絵里相手に

        愛してないとか贅沢すぎるだろ!という話です。

        しかも浮気相手は黒木華って、ブス界の美女みたいなランクですよ。

        家に帰れば深津絵里がいるのに。

        ただ冒頭、美容師である深津絵里がこれから不倫相手に会うもっくんの散髪を

        してあげているシーンからの、黒木華登場の10分くらいの間でもうなんか

        すべてがわかる感じ。

        散髪というのは夫婦の営みというほどではないですが、充分なスキンシップだと

        思いますが、二人はなんか嫌味を言いあったり(主に言っているのはもっくん)

        まったくあたたかい空気が流れてないんですね。

        深津絵里ちゃんは学生の頃からの付き合いなようなのですが、美容師として腕がよく

        サロンの経営者でもあるやり手のようなんです。

        のっけからもっくんは「髪結いの亭主」なわけなのです。

        もっくんはなんか1、2作ヒットを出した作家で、顔と要領がいいからテレビにも

        出てタレント作家みたいな感じなんですが、内心自分には本当に表現したいもの

        芸術性というもののない凡人であることがコンプレックスなんです。

        妻はそれを指摘したりはしないのですが、妻が賢すぎ、昔から自分を知りすぎているため

        居心地が悪かったんでしょうね。

        だからなんかものすごい美人というわけでもなく、若くて物を知らず自分を尊敬してくれる

        黒木華がちょうどよかったんでしょう。

         

        もっくんはとにかく自分が大事。自分のことしか考えていないクズ野郎です。

        奥さんが死んでも世間体しか考えられず涙も出なかったのですが、その前に

        すごい男が現れます。人間で一番ゴリラに近い男、竹原ピストルです。

        ピストルは妻と一緒に亡くなった親友の女性の夫なんですが、被害者説明会で

        怒りと悲しみのあまりオレンジを投げつけます。そしてところかまわず

        吠えるように泣く。行動がゴリラです。

        ピストルには二人の子供がいて、長男は塾に通ってるくらいの秀才、妹も

        人見知りだけど可愛い保育園児。ピストルはトラックの運ちゃんだし、仕事中も

        悲しむのに忙しくて子供たちの面倒が見れないので、その役をもっくんが

        やることになります。

        子供もおらず得意でもなかったもっくんが突然のファミサポデビュー。

        自分とは住む世界の違うもっくんにも卑屈になるどころか「おまえ、いいやつ」

        とばかりに無邪気に接してくるピストルと、どこか自分に似たところのある

        インテリ肌の長男。長男はゴリラ系の実父よりもだんだんともっくんの方を

        頼りにしはじめたりもします。

         

        もっくんもすっかり家族の一員気取りで、このままずっといい関係が続くかと

        思われたのですが、ある女性が加わったことでわがままもっくんが再び炸裂。

        その女性はリアルにこれからこの家族の力になってくれそうな悪意のない人

        なのですが、自分のポジションが脅かされると感じたもっくんは鍋の席で

        暴言を吐き始めます。

        観ていてもうほんと、そういうとこだよとしか言いようがないシーンです。

        それを機に一度ピストル家族から離れ、ファミサポは終了となるのですが

        もっくんは妻を失ったことを題材にした私小説を再び執筆。

        ピストルの家族ともよい関係に戻ります。

         

        兼ねてから人間には2種類あると感じていました。

        「目覚めている人」と「原始的な人」です。

        文明社会というのは人を目覚めさせますので、目覚めれば目覚めるほど利己的になりますし

        誰かと一緒に生活したり子供を育てたりするような「煩雑でリスキーなこと」を

        回避しようとするのは当然なのです。

        もっくんは人間的には幼稚ですがインテリなので、目覚めている人です。

        だから同じく賢い妻の深津絵里との間に溝はでき、子供も作らなかったのです。

        ちょっとサンプルが強すぎですが竹原ピストルは原始的な人。

        人間である前に動物である彼らは、家庭を作り、苦労しながらも子供を育て、

        家族を失えば感情をめいっぱい表現して悲しみます。直情的なのです。

        動物的ではありますがある意味生きるという意味ではとても賢いのが

        原始的な人々なのです。生き方がシンプルなのですから。

        その証拠に、あんなに妻を亡くして哀しみに暮れていましたがしばらくしたら

        恐らく後から手を差し伸べてくれていた女性とまた家庭を作るんじゃないかなと

        思います。

        ところがピストルの息子、どこか原始的な父親に嫌悪感も抱いている男の子は

        もっくんの方にシンパシーを感じているんですね。彼も母親が亡くなったとき

        泣くことができなかった、自分は冷たい人間なのかと悩んでいます。

        もっくん同様、息子は感情がもっと複雑なんですね。

        悲しみ方の違いというのがテーマになっていると思います。

        同じく、悲しみ方の違いを描いたニコール・キッドマン主演の『ラビットホール』

        という映画があります(感想はコチラ)。

         

        もっくんと深津絵里ちゃんの夫婦はけして愛し合っていなかったわけではなかった。

        もしかしたらピストルの夫婦以上にお互いのことを深いところで理解しあって

        いたんじゃないかと思います。だけれども二人は一般的な幸せな家庭を築く道を

        選べなかった。目覚めすぎていたから。そこがとても切なく描かれていました。

        人間は目覚めるべきなのか、動物でいるべきなのか、永遠の悩みです。

         

         

         

         

         

         

         


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